Archive for 8月, 2008

余市・空知・札幌(3)

本日夕方の便で帰京予定。既にプチ移住モードに入っているため、帰りたくないというよりも内地に行くのが億劫というような気分である。
早起きしてチェックアウト、通勤ラッシュの人の動きに逆行して地下鉄で「自衛隊前」駅へ。札幌の地下鉄にも地上区間があって、高架がスノーシェルターですっぽり被われているのね。21世紀の未来予想図の定番だったチューブ式鉄道のようだ。

「自衛隊前」駅で降りて、さて市営地下鉄の博物館に・・・え、平日開館は学童の夏休み期間中だけで、しかも北海道の小中学校の夏休みは盆過ぎたらもう終わりなんですか。つまり無駄足と。しまった。
内地では学童の夏休み期間というと8月の31日までというのが常識だが、よく確かめないとこんなことにもなる。
朝食に駅の食堂に入る。退避線もない対面式ホームの平凡な地下鉄駅の食堂にしてはかなり広い。
カケソバを注文してゆで上がりを待つうち、ぞろぞろと市営地下鉄の職員が入って来た。おそらく、隣接する電車区の職員食堂を兼ねているのだろう。
蕎麦は意外とうまかった。昨日のJR札幌駅の駅蕎麦とはまた別のベクトルでの美味さで、安い麺だけどダシとの調和がたいへんよろしい。雪まつりの見学後に冷え切った身体で啜ると非常な幸福を感じられただろう。残念ながら真駒内の自衛隊駐屯地は雪まつり会場から外れてしまったが。

再び地下鉄に乗り、「北18条」駅で下車。弥永北海道博物館へ。郊外の住宅街然とした街並みの中に建つ鉄筋コンクリート三階建てのこじんまりとした施設。看板がなければ普通の個人住宅と変わらない外見だが、収蔵物は充実していた。
アンモナイト等の化石・鉱物、アイヌ民族資料・文化財、貨幣資料も面白いものがあるが、当館の白眉は砂金・白砂金関係資料である。道内各地のゴールドラッシュに関する資料や日本最大の砂金塊(ウソタン川産、248g)を始めとする砂金採集サンプルが非常に充実している。砂金は採れると溶かされて換金されるので、純粋に岩石標本としてそのままの姿を留めているのは少ない。
一隅にバッテリー式の金属探知機と実演用の砂箱がある。地面スレスレで円盤を振るタイプで、海外ではこれを使った砂金探しが一般的らしい。早速やってみると、たちまち鉄塊を検知して警告音が鳴り響いた。これは楽しい。

次はサッポロビール園内のサッポロビール博物館へ。ここも北大植物園と同様に著名な観光スポットながら、今回が初訪問である。
個人経営の弥永博物館と異なり、入館受付けにきれいなおねいさんが二人並んでいる贅沢な施設だ。創業以来の看板やビール商品のコレクションに注目。「ぐい生」は手ごろな大きさだったなぁ、白山2地下のサークルBOXコンパではビア樽が定番だったなぁ、と懐かしむ。
「男は黙ってサッポロビール」の有名なキャッチフレーズは三船敏郎が演じたことを、当館のポスターで初めて知った。試飲コーナーで俺も『男は黙って・・・』とやろうとしたが、黒ラベルクラシック・エビス・エビス黒・開拓使麦酒・ソフトドリンク各種とラインナップが揃っているので銘柄を指定するために発声せねばならぬ。
開拓使麦酒を注文。グラスに丁重にサーブしてくれる。ここの試飲は有料で、ドリンクの他におつまみのビヤクラッカーがつく。創業初期を再現した濃厚な味のビールでなかなか悪くない。
試飲ホールとミュージアムバーでそれぞれ一杯ずつやったらちょっと回ってきた。ビール園のレストランでメニューを見たが、お一人様でジンギスカンというのは厳しい。ジンギスカン丼というのもあるが、胃腸的に重いので見送る。
博物館前の芝生にオレンジ色のトラクターが鎮座している。よく見るとボンネットにFIATと書いてある。説明板によるとFIAT-45型、45馬力の昭和44年製。上富良野の農家からの借用で、リアに「旭 99 る・* **」の白ナンバーがついている。フィアットとは意外な感じだが、無骨さを抑えるRの多いデザインが赤レンガを背景にいい絵を提供している。

ビール園からバスで札幌駅へ戻り、北海道庁旧本庁へ。いわゆる赤レンガ道庁。はるか昔に館内見学したような気がするが記憶がほとんど薄れている事もあって再訪してみる。
館内の一部が「樺太関係資料館」となっていた。稚泊連絡船や南樺太鉄道の資料が眼福。
太平洋戦争関連のコーナーもある。日ソ中立条約締結後からソ連参戦後の戦闘経過のパネルなど興味深く見ていると、「日ソ中立条約締結」を報じる当時の新聞紙上に松岡洋右外相の写真が載っていた。思わず呪いの言葉を吐く。と、思わぬ事に、隣に立っていた老翁が同調した。東條英機と松岡洋右がいけなかったのですよ。
老翁氏は札幌の連隊に応召されていたとのこと。若者が戦争の記録と記憶に関心を示したのが嬉しかったようだが、家族との同行のため落ち着いて話ができなかったのは残念である。

さて昼飯はと。ガイドブックには札幌ラーメンの店など載っているが、メンドクサクなったのでスターバックス風のオサレカフェに入る。コナコーヒーとかあるのでよく見るとハワイ系のコーヒー屋らしい。
スパムサンドを注文。悪くない。
スパム缶のランチョンミートを使っているのかどうかは判らないが、オキナワ特産的なスパムを札幌くんだりまで来て食べているというのも妙な感じだ。

今度は道庁隣のモダンな大ビル「かでる2・7」7階の、「北海道立アイヌ総合センター」へ。意外に小さい資料展示室を見学したが地味な展示だった。展示内容も最新の研究と社会的状況が反映されており、物見遊山気分来た一介の観光客を喜ばすことを目的としたものではない。別室の保存実習室には囲炉裏が再現されており、ライブラリーとあわせて伝統文化を学習するための拠点としての性格が強いようだ。

さて、今回の札幌も計画通りにおおむね見るべきものは見つ、という感じとなり、時間も余ったので大通り公園のテレビ塔に登ってみる。高いところならばJRタワーの展望室という選択もあった事に今気づいたが、今さら仕方がない。次の機会次の機会。
テレビ塔の展望室は記憶よりも狭く、昭和の残滓のような空気に満ちあふれていた。
雪印パーラーでロイヤルスペシャルバニラアイスクリームを賞味。JR札幌駅から快速エアポートの座席に収まると、もう今回の旅行は終わったも同然だ。
2055時発のAIR DO機まで、新千歳空港4Fのスカイラウンジでサンドイッチを食べて悠々と過ごす。
ところが出発が30分遅れた。悪天候のため、乗るべき機体が千歳に来ないのである。
いっそこのまま飛ばないか、羽田に着いても電車バスが終わっているか位の大遅延にでもなれば、と不謹慎に期待するが、結局定刻の30分遅れでテイクオフした。
どっとはらい。

No Comments

余市・空知・札幌(2)

早朝に起床。窓の外は、雨。
ガッカリして、TVの天気予報を参考に今日の予定を考える。
今回の渡道第二部編のテーマは、「空知と札幌周辺の施設訪問」である。昨日行った小樽の博物館もその一つだが、三笠の鉄道記念館を筆頭に、旧道庁や北大植物園、弥永北海道博物館など「北海道産業史」と「アイヌの歴史と文化」にかかわる諸博物館や資料館を見て廻りたい訳だ。
曇りか小雨程度なら朝から三笠に行くつもりだったが、あいにく本降りなので近場から攻め、天気の状況を見て岩見沢から三笠に向かう事とした。

地下街オーロラタウンの喫茶店でのんびりと朝食。パンケーキとフルーツのモーニングセット。お値段は張るが普段の朝食よりもビタミンC豊富で健康的。
まずは大通り公園西端の札幌市資料館へ。旧札幌控訴院であるところの、国の有形登録文化財。法廷が再現されている。
たまたま高校生の社会研修会場となっており、裁判員制度の人員配置予定に従って机椅子が並べられていた。俺が裁判員に選ばれたらここにこうして座るのか、とシミュレーション。
アメリカの法廷ドラマでは傍聴席の最前列に陪審員が座るのに対し、演壇上に裁判官と並んで座る按配になっている。これは心理的にプレッシャーが強そうだ。俺はここに座って冷静にジャッジできるんだろうか。
会議室では高校生が聴講中の模様。変態紳士の真価を発揮し、通りすがりの物見高い観光客のような顔をして覗いてみたりする。いや、観光客である事に嘘偽りはないのだが。

この資料館の一隅が「おおば比呂司記念室」である。市民有志の運動により1995年に開設され、原画約300点のコレクションや飛行機の模型、愛用品などが収められている。今回の旅の目標の一つで、おおば先生はウェザリングもバッチリと施す派だったのだなぁと鑑賞する。もちろん模型だけではなく原画もじっくり鑑賞する。隙あらば飛行機を描き込む執念に苦笑。
ミュージアムショップでおおば比呂司の画集やグッズを販売していた。ちょっと悩んで、航空機を描いた絵葉書を3枚買う。

次に北大植物園へ。札幌には誉発動機のシリンダーの数と同じくらい訪れている筈だが、今回が初訪問である。
この期に及んでヘソ曲がりにも、植物園ではなくアイヌ民族資料室に行くというつもりで訪れたので入口付近でちょっと迷う。アイヌ民族資料室や旧博物館施設などは植物園の敷地内にあるので、入場料を払って植物園に入場すれば別途料金は要らないのであった。

このアイヌ民族資料室の収蔵物の性格については注記が要る。戦前の古い帝国主義的な時代に内地人の学者センセイの視点で珍奇なもの・異様に感じるものを中心に集めた展示であるので、アイヌ民族の文化や生活を公正にサンプリングしているとは言い切れないのである。
ベトナム戦争物のコレクションで言うと、タイガーストライプだのストーナーライフルだの干し飯の自家製戦闘食だのばかりに片寄っていてジャングルファティーグ・リップストップモデルやM-16A1やCレーションはなおざりにしているという感じだろうか。ちょっと違うか。
要するに、対等価値の文化として尊重した上でのニュートラルな視点の資料収集ではなく、滅び行く下等文化の記録、あるいはオリエンタリズム趣味の貴族様の一風変わったコレクションというような意識であったということで、現在の少数民族文化に対する考え方とは大分かけ離れているのである。
これについては『ああそういう時代もあったんですねぇ』では済まないようで、各所に弁解じみた注記があるあたり北大側の苦悩苦心が感じられる。いろいろ考えさせられるが、しかし、俺が最近訪れた事のある道内各所のアイヌ民族関係の資料館の類のうち、アイヌ民族のステロタイプな印象を最もよく現わしていたのが当資料室であるという事は正直に告白しておこう。

園内の旧博物館へ行く。木造の伝統的建物で、内部は明治大正期の方法論による博物館展示を再現している。オーストラリアのどこぞの博物館でも、19世紀風の博物館展示の典型の再現として一室をあてがっていた事を思い出す。あれはクィーンズランドだっただろうか。
ここにはかの『お犬様』こと南極越冬隊のタロと、世界に幾つもないエゾオオカミの剥製がある。これだけでも十分行く価値があるだろう。と、偉そうに講釈を垂れているが、実はマイミクたるトヨさんに指摘されるまでその存在をすっかり忘れていたのであった。記憶が新鮮なうちに書かないとダメですな。

早くも昼となる。雨も上がって来て、予報通り午後は曇りとなりそうだ。午後は三笠に行く事にし、札幌駅に向かう。
昼食は札幌駅構内の蕎麦屋「蕎麦紀行」。どうせ駅蕎麦ごときと思って入ったが、JR東日本グループの「あじさい」あたりとは大違いで、月替りで道内の蕎麦粉産地を吟味して出す本格派なのであった。もりそば530エン也を食して、こりゃ駅蕎麦の範疇をはるかに凌駕してるよと感激する。もう俺は、札幌に来る都度に一度はここに行く事にしますよ。ええ。

L特急「スーパーカムイ」で岩見沢へ。ここからバスを乗継いで三笠鉄道記念館へ向かうのだが、案内が判りにくい。
正解は、北海道中央バスで岩見沢ターミナルから三笠市民会館へ行き、「市民会館」バス停から出る三笠市営バスに乗り換えるのである。
岩見沢駅前通りを10分ほど歩いたところに「岩見沢市の」市民会館があるがこれはまったく関係ない施設だ。早合点して歩いていったあげくに市営バスの停留所が見当たらないからと会館の受付に尋ねたりしてはいけない。岩見沢市民会館の受付嬢との会話が全然噛み合わないのも道理で、完全にこちらの思い違いなのであった。
親切な職員氏の助けにより正しいルートを確認でき、改めて駅前から北海道中央バスに乗り込む。

三笠市営バスはマイクロバスだった。乗客は俺一人。ゆるやかな坂を上っていく。途中、左手に駅舎と鉄道車両が見えるがこれは三笠鉄道記念館とは別の施設である。
三笠鉄道記念館着。ヤードに錆だらけの国鉄車両の諸々が並んでいる。屋外保存の常とはいえ、廃車待ち同然の姿は痛ましい。
室蘭の工場専用線で使われていたS-304号蒸気機関車が動態保存されている由だが、土日祝の稼動なので今回は見ることができない。
館内に入って一驚。三笠市在住の鉄道コレクターである小泉實氏が寄贈した「小泉コレクション」の、サボやヘッドマークをはじめとした鉄道用品・備品の展示が素晴らしい。館固有のコレクションにも、旧天北線全駅の縦型駅名票板などのなかなか良いものがあった。
機関庫に収まっているc12 2と59609、DD13 353、ED76 505、そして戸外の各車両を撮影。ダブルボギー台車のセキ6000やナローゲージの電気機関車(凸形黒色東芝製。素性不詳)、ハイモ(排雪用モーターカー)、ラッセル車とジョルダン車、スハ44系500型の台車直結発電機(北海道向け一般型客車の外見上の最大の特徴)が特に興味を引いた。鉄分丸出し。

いい気になって撮影していたのでバスに乗り遅れた。周辺には飲食店も何もなく、次便を無為に待っているよりはと歩き出す。それなりに距離があったが、無事往路に見かけた駅舎へ着く。旧幌内線の幌内太駅跡、クロフォード公園である。ここには旧駅舎と跨線橋、DD51と何故か石灰ホッパー車(歴史的考察上、ここは石炭ホッパー車のセキを最低10両ほども連結すべきであると愚考するが如何)とキハ80系数両が保存されている。
三笠市立博物館のアンモナイト化石コレクションにも関心があったが、今回はタイムアップ。旧炭鉱の廃墟もあわせて再訪の時を期待しよう。岩見沢から札幌へ戻る。岩見沢駅ホームのベンチで岩見沢銘菓「こぶし」を食べていると上り臨時特急「旭山動物園号」が運転停車した。各車両の車内に、巨大な動物ぬいぐるみが見えた。

ところで、デジカメのCFのデータ残量が心ともなくなってきた。これまでの5日間でそれほど撮りまくったという程でもないはずだが、これでは謎の戦場カメラマンT.タケシマも後日の現場で容量不足をひき起こすであろう。明日は撮影を自粛するかデータサイズを落とすか、と悩んでいるうち閃いた。札幌でCFメディアをもう一枚買えばよろしい。
ビックカメラ札幌店でレキサー社の2GBを購入。全国共通のポイントカードのおかげで現金は6千円で済んだ。謎の戦場カメラマンT.タケシマもこれで一安心。

ロビンソンと千秋庵に立ち寄り、夕方から本降りになってきたのでロビンソン内の百円ショップでビニール傘と、旅先の無聊を慰める書籍を買う。宿に一旦戻った後で狸小路へ。回転寿司の夕食。地場ネタのサンマ、ホッケが美味だった。

No Comments

余市・空知・札幌(1)

今日から一人旅モード。
函館発0704時のスーパー北斗1号で長万部へ、そこから函館本線経由で倶知安を経て余市・小樽、そして札幌へ向かう。

函館のホームにはスーパー北斗とスーパー白鳥が並んでいた。白鳥の先頭側に増結2両。高校の団体貸切らしい。
定刻に発車。昨日に五稜郭タワー内の五島軒で調達しておいたアップルパイで朝食。大沼公園と、雲を被った駒ヶ岳がよく見える。
0815時長万部着。0908時発の2933D列車まで間があるので駅前をちょっと散歩。といっても、この時間では店は何も開いていない。駅の裏手に長万部温泉があるが、場所を確認しただけで駅に戻る。

2933Dはキハ40 825の単行。 キハ40系も大分数を減らしている折なので嬉々として乗り込む。乗客はまばらで、首尾よく進行方向右側のボックスシート一区画を占めた。

定刻に出発進行。2933Dは小樽まで約4時間30分をかけて走る。スーパー北斗1号に乗り続けていれば、その一時間前に札幌に着く。従って、当列車の乗客は短距離乗降車か時間に余裕のある旅行者、つまり地元民・熟年夫婦旅行者・道内時刻表を手放さない鉄オタという構成であった。道内時刻表と日本鉄道旅行地図帳北海道編を手放さない俺はどのカテゴリに属するかは言うまでもない。

かつての大動脈たる函館本線も、急行以上の定期優等列車が走らない過疎線になってから久しい。倶知安駅は側線をはぎ取られた敷地がむなしく広がっており、ターンテーブルと機関庫がえらく遠く見えるところに残っている。木造の跨線橋も立派な物で、ただし両翼の階段は片方に板が打ちつけられて封鎖されていた。ここで20分間の長時間停車があるので途中下車してみる。
駅前には残念ながらあまり興味を引く物はなく、駅蕎麦も閉っている。ホームをうろついてキハたんとストラクチャーを撮影。

1212時、余市で下車。駅から間近のニッカウヰスキー余市工場に吶喊。より正確には、試飲コーナーに吶喊。シングルカスク余市25年を身銭を切って飲む。バッカス万歳。
新しく出来たらしい土産物店を覗く。工場見学限定のシングルカスクに心揺れるが、結局キング・オブ・ブレンダーのエッチングが入ったショットグラスだけを購入。1,700エン也。
すきっ腹にストレートウィスキーを充填して大変な状態になりつつあるところで中央バスに乗り込み、うとうとしつつ小樽へ。

小樽駅のコインロッカーにバックパックを放り込み、レンタサイクルを借りる。
店主と大まかな観光ルートの相談。今日は月曜日なので小樽市総合博物館の休館日だそうだ。しまった。
それでもチャリを漕いで行ってみる。
徒歩だとかなりの距離だが、臨時に機械化された我が隊は電撃的な進出を成功せしめ、「本日休館日」の札を目視確認する赫々たる戦果を挙げたのであった。
リニューアル後の博物館の様子を確かめたかったのだが、入口前のクロフォード像を拝謁できただけでも良しとしよう。以前に来た時は何の気なしに素通りしてまったが、鉄オタなら銅像前で五体投地を捧げてもおかしくない程の功績がある、北海道の鉄道に功績のあった人物なのである。

レンタル時間が余ったので旧日本郵船小樽支店、その後運河の方に行ってみる。石畳は趣きがあるが、自転車とはあまり相性がよろしくない。
小樽博物館の運河館を見学し、早々に自転車を返却して駅に戻る。小樽は3,4度目だが、何度行っても極めた感がしない。

快速エアポートで札幌へ。すすきのまで地下鉄で2駅、歩いて行けなくもない距離だが無理はしない。

今晩から2泊するのは「ホテル遊悠館」。通常料金はいいお値段だが、連泊の場合は曜日によって安くなるキャンペーンがあり、これを使うと平均単価が5,000エン前後になる。
さてこの建物、元々はラブホテルなのであった。2箇所ある入口と駐車場とフロントの位置関係からして分かる人には分かってしまうが、装飾過剰なエレベータや、バスタブ別の浴室とベッドルームの間に大きな窓がある部屋のつくり、そしてそのベッド脇に鎮座する総合コントロールパネルが隠しきれない素性を放っている。
しかし、だからといって何が困るという訳でもない。部屋は広いしルームメイクは行き届いているし、アメニティは高級品が揃っているし、コーヒーキットも安物のフリーズドライではなくアルミパックの飲み切りドリップ式である。ついでに言えばベッドはダブルで回転はしない。
要するにごくまっとうな、最近リフォームされたばかりのシティホテルである。

旅装を解いて、早めの夕食のため狸小路に向かう。
なぜか客引きが寄ってこない。俺は札幌のススキノを歩いている筈なんだがここは本当にススキノなのか。
そういえば条例改正かなにかで客引きが激減したとか、そのようなニュースがあったような気がする。あれだけ悪評高かった客引きが消えるとは、しばらく来ないと結構変わるものだ。
狸小路も変わっていた。北京オリンピックという国威発揚大イベントの期間中であるにも関らず、明らかに中国人の観光客が目につき、歓迎来臨と書いた手書きビラがあちこちの店に貼ってある。
西9条の「三角山 五衛門ラーメン」で醤油ラーメンを食す。割合さっぱりとした良い味。穴場の店を発見したぜ!と喜んだが、後でガイドブックを見たらしっかり紹介されていた。

No Comments

松前・江差・函館(3)

函館朝市を軽く一周して場内の食堂で朝食。朝からヤン衆サイズの丼メシというのは辟易だが、最近は半丼もあるのがありがたい。ウニイクラ半丼とイカ刺しを賞味。
朝市ではざっと見学だけして自由市場に移動。父者母者が場内くまなく吟味の上、タラバガニやら真昆布やらを買い込んだ。

赤レンガ倉庫街や北方歴史資料館、五稜郭タワー等を見学。
昼食は西波止場内の「えん楽」で塩ラーメン。美味い。しかし父者は以前に行った「マメさん」の印象と比べて個性が少ないと感じた模様。

夕刻、帰京する両親を函館空港で見送って函館市街へバスで戻る。今晩の宿もスマイルホテル。
大門市場内のバール風の店で海鮮パスタとグラスワインの夕食。美味い。
いい気分で就寝。

No Comments

松前・江差・函館(2)

小雨模様。
朝食後、いにしえ街道を散歩。横山家や旧中村家、アネロイド気圧計などを見学。その後鴎島へ。旧幕府軍随一の軍艦であった「開陽丸」に乗り込むのだ。

この「開陽丸」は復元された船腹で、砂浜が船尾に迫っているので座礁したような具合にも見えてしまうのが残念だが、周囲に余計な船舶や建築物が無いためになかなか威風堂々としている。
船内の展示物も充実しており、16サンチライフリングカノンの発射シークエンスを体験できるコーナーまである。
舷側砲のうち一門に取付き、上官の号令に合わせて砲側の各ボタンを順番に押して行くと見事に射撃の轟音が鳴り響くという血湧き肉踊る設備なのである。左舷河岸のベトコンどもに地獄を見せてやれ!ヒャッハー!!(いろいろと違う)
海中から引き上げられた開陽丸遺物としてリボルバーが数多く展示されていた。いずれもパーカッション式のリボルバーで、おそらくレミントンのニューモデルアーミー。おおむねオリジナルバレルだが若干のショートバレルモデルが交じっている。
開陽丸の中には見つかっただけでもこれだけの数のハンドガンがあったというのは、現代の海軍艦船の常識からすると面白い。たまたま補給品として運搬中だったのか、あるいは陸戦隊要員たちの私物であるか。

鴎島の遊歩道を一周後、江差の街に戻り「手打そば むらた」で昼食。当たり。やや黒みがかかった葛餅のような色艶。モリも鰊そばも美味い。「むらた」と店を一つ挟んだ隣も手打蕎麦屋だが、 こちらは田舎蕎麦風、あちらは更級風であるとの事。

午後、雨天の中を一路函館へ。駅前の「スマイルホテル」にチェックインし、谷地頭温泉へ。大きく小奇麗な施設だが、泉質は昨日の緑丘には及ばない。とはいえ、大都市の市電で行ける立地で気軽に入れるのでなかなか得がたい存在だ。

ホテルのフロント氏から聞き込んだ海鮮居酒屋「がき大将」で夕食。「大門横丁」の各店も良いとのことだったが、実際に行ってみたところカウンター席中心の店が多かったために「がき大将」にした。

No Comments

松前・江差・函館(1)

松前と江差に行く。
当初、奥尻島を含む松前・江差観光ツアーに両親と参加しようと申し込んだものの満員と断られた。それではとAIR DOや宿泊予約サイトで調べたところ、いずれも空きがある上に費用的にもかなり安くなりそうだった。奥尻島へは立ち寄れないものの、その分だけ余裕のある3日間の行程が組めた。
俺の夏休みは10日間あるので、最終日に両親を函館空港で見送った後に札幌方面へと向かう事にした。

AIR DO081便で羽田発0610時。あまりに早く来すぎてチェックインカウンターに誰もいない。オンライン申し込み時の整理番号を失念して焦ったが、カウンターでの口頭申告で済んだ。
函館着0800時。レンタカーのマツダ・デミオで松前方面へ向かう。天候は雨が降りそうな感じであまりよくない。

函館の市街地を迂回してトラピスト修道院へ。駐車場からまっすぐに延びる細い坂の上、小高い丘の牧歌的風景の中に建っているが、予約した男性しか門内には入れない。門の脇の小部屋に所内紹介の小展示がある。ベネディクト派の流れを汲む会派だったのか。
駐車場の横にある、修道院の売店に入る。有名なバタークッキーやバター飴などを売っている。丸缶のバターやクッキーを購入。

次いで修道院近くの「男爵資料館」へ。明治期に渡道して函館の発展や農業指導、特にジャガイモの普及に尽力した川田龍吉男爵の資料館である。
国内最古の西欧式牛舎を利用した館内には、1901年製の無限軌道式トラクターや日本最初の私有自動車である蒸気自動車を始めとした豊富な展示物が充満していた。
資料館としてはロコモービル社製蒸気自動車が展示の目玉であるようだが、実はトラクタの方も貴重な代物なんである。ホルト社がキャタピラーを使用したトラクターを商品化した頃のごく初期のもので、当時の最新鋭機器なのだ。
「口の泡より腕の汗」と記した男爵の書が掲げられている。男爵本人が特に好んだ文句という訳ではないようだが、名言に口先番長として猛省。

松前城に到着した頃から本格的に雨が降り出してきた。肌寒い。
当城の本丸は外見を模した戦後の再建で、見てくれはともかく内容的にはそれほど感銘を受けるようなものではなかった。
松前藩屋敷跡を廻る。江戸時代の松前城下町の建物を復元したテーマパークで、あいにく客が少ない上に天候のせいでうら寂れたゴーストタウン然としていた。
とある蕎麦屋で天もりや鰊そばの昼食。注文してから随分と待たされる。まさか粉からこね出しているのでもあるまいが、手際は悪いし時分どきだというのに客は全然いないしで期待はずれ感ばかり高まる。やはりというか特に誉めるほどでもない味だった。
松前漬で著名な龍野屋で、松前漬と塩辛を購入。塩辛は日持ちしないので本日中に消費して欲しいとの事。そういう重要なことを会計の後に言うのはいかがなものか。

日本海を左手に、海岸線の国道228号線を江差へ。本日の宿は「ホテル寺子屋」。室数を抑えたプチホテルで大変アットホーム。明治大正期の洋館風だが実は最近の新築。このあたり一帯は歴史的建造物を中心とした街並みの景観保護に力を入れており、当ホテルもその一角としてこのような外見としたらしい。

ホテルの 人に教わって、「緑丘の湯っこ」という温泉へ車で行く。丘の上の新興住宅地造成所のようなところにプレハブが建っている。見てくれはとても地味だが、中身は総ヒバ材造りに天然かけ流しの贅沢な温泉だった。
最近に掘られた個人所有の温泉で入湯料は安く、付属の宿泊施設などはない。今までの温泉経験の中でも上位に入る良い湯。かなり暖まった。

ホテルに戻って夕食。地場地産品を中心にお造りや毛ガニ。その後、これまたホテルの人に教わって江差追分を聞きに出かける。
団体客の場合は江差追分会館での鑑賞が多いが、個人や小グループなら街の道場や飲食店でのライブを鑑賞できるとのことで、そうした店まで送迎してくれるとのこと。既にアルコールを充填しているのでありがたく好意にあずかる。
伝統的建物である酒屋を改装した喫茶店、夜はカフェバーになる一軒が会場。一隅が畳敷きの茶室的なスペースで、そこに歌い手と三味線、尺八の3名が羽織袴で現れ、江差追分を演じた。江差追分全国大会でも上位に入賞する達人で、普段は漁師であるとのこと。たくましく節くれだった両手がそれを証明している。
父者がことの外に気に入ったようで、おひねりに諭吉を何枚か投げかねぬ勢いであった。

No Comments

コミックマーケット74

今コミケットは3日目の「リタイ屋」手伝い参加のみ。今回のサークル配置はエアライン関係。旅行紀行本と鉄道系との間隙という感じの配置だったが、意に反してメカミリ系から離されてしまった感。

エア・アメリカの夏季制服を一着に及び、久しぶりにコスプレをしてみる。厚手の綿生地なので蒸す。が、西館のシャッターが開いて風が入るようになると案外快適だった。後で知ったが本日の東京都区内での最高気温は23度程度だったそうだ。
メカミリサークルの知人友人を廻ってみると結構好評。まあメジャーマイナーなネタだから単に珍しがられただけのことですが。

開場後、東館で買い物。第一目標の島中サークル群がどれもこれも新刊を落していてガックリ。それでも皆さん、代替のコピー誌が一枚紙を折った豆本だったりする遊び心を持っている。
須田帆布のトートバックにフタを折って突っ込んだAMAZONの段ボール箱がちょうど一杯になる按配で買い物は終了。あちこちの知人のところに顔を出し、西館に戻ってトヨさんらのサークル「アジアホテル」に行く。
嘉手納のエアフォースパッチがディスプレイされたスペースの前で、よく冷えたルートビアを振る舞われる。何のイヤガラセだ。普通においしく飲みきったけど。

鉄道島の恒例三三七拍子で閉会。なんだかんだで、結局今回はあまり「リタイ屋」の手伝いに励まずに遊んでいたような気がする。西の国からやって来たデルタ翼機大好きなたちばなさんと合流し、浜松町直行の都バスで有明から離脱。バスルートは初めてだったが、以外に早く浜松町に着いた。
激しく寝不足のたちばなさんと茶をシバき、東京土産を買いたいということで東京駅へ移動。いやに人が多い。お盆期間の日曜夕方の東京駅にはこうも旅行者が多いのか。その中に有明帰りのエロ紙袋がチラホラと。やめて。
新幹線改札前で「また会おーね!」とハイタッチして見送った。

No Comments

北京オリンピックとグルカ兵

北京オリンピック開催。開会式をTVで観る。選手団入場までいろいろやっていたが、やたら冗長で退屈だった。
だいたい、紙・羅針盤・印刷と中国四大発明をモチーフにするのはいいが、そこでどうしても残り一つの「火薬」を連想してしまうじゃないか。火薬つったら銃火器じゃないですか。そりゃ最初のころの火薬はロケット花火様の娯楽用具だったかもしれないしここぞとばかりに北京で花火を打ち上げてますが、この瞬間にもラサやカシュガルでカラシニコフな火槍が火を吹いているんじゃないですか。

そんなことを考えながら選手団入場を見ていたら、ネパール人中年男性の一人が被っている帽子にすごいものを見つけてしまった。
刃を下向きに交差するククリ、その下に番号らしきものが書かれたバッジがついている!
数字までは判別できなかったが、ククリの交差角度からするとグルカ第6連隊か第9連隊のバッジ、おそらく英軍隷下にあった第6連隊だろう。

俺は幻を見たのだろうか。

No Comments

ワンフェスin国際展示場

昼過ぎにビッグサイト到着。ワンダーフェティバル略してワンフェス。
午前中に例のエスカレーター将棋倒し事件があったが、帰宅するまでまったく知らなかった。何やらエスカレーター周辺が柵に囲まれておるなという程度で、そのせいかワンフェス会場は複数フロアに渡っている事に気づかないという失態。道理で思ったより個人ディーラーや掘り出し物が少ないんだなと感じた訳だ。

まあ、ディーラー関係者として参加している梅さんやトヨさん夫婦、ナオさんに会えたので良しとする。
とか言いつつ、以前にホビーストック限定で販売されていたPCV椰子なごみフィギュアを発見して保護していたりする。
在庫を売るのはディーラーだ、在庫を安く売るのは訓練されたディーラーだ!まったくワンフェスは地獄だぜ、フゥアーハハハ!!

No Comments