Archive for 6月, 2006

目覚ましは君のキスで

目蓋を開くと、枕元にセリオさんが立っていた。
おはようセリオさん。

とか脳にウジが沸いたようなことを言っている場合ではない。
この位置にM14を立ててあると、地震で倒れた時にスチールバレルが俺の頭部を直撃する。
運が悪いとフロントサイトポストの突起が刺さる。
夜が明けてから気づいた。うわー。

と言う訳で、セリオさんの御座所をちょっと変えた。

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フルメタル・ジャケット

さる人の手引きにより、我が家に東京マルイ製電動ガン、M14が来たるる。

でかい。ながい。重い。サイコー。マゾか俺は。

スチールパーツ多用で鋼性感も高い。電動ガンを買うのはAK47以来だけど、何年かの間にかなり進化していたのね。
スマートなお姉さんタイプで、長いブラウンのストック・・・よし、命名。「セリオさん」。

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13回忌

高校時代の友人の13回忌で川口へ。
お宗旨が日蓮宗なので、お題目が個人崇拝全開なことに今さら気づく。
余計な事を考えてないで故人の菩提を弔ってろよ俺。

外資系パワーエリート・若手声優・家具職人・ウェブ管理者兼謎の戦場カメラマンと、それぞれの道を歩んできた同期のうち2人が転職し、一人が転職を考えているというシンクロニティに苦笑。示し合わせたわけでもないのにね。

そういえば今日は梅雨らしくない快晴だった。

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高熱隧道(8)

0700時起床。
今どこにいるのか、しばし惑う。
フィール宇奈月。宇奈月温泉の一泊朝食型ホテル。やや古びた和室温泉ホテルのパブリックスペースを改装したもの。ただし、俺は朝食も無しの素泊まりコース。今日は飯食ったら糸魚川に行って、東京に帰る。
ということで、身を起こして浴衣の前を直す。

アメニティキットは必要最低限、ふとんの上げ下ろしも自分で、そのかわり料金は勉強しましたという合理的システムは殺伐とした一人旅にとても向いている。客室の内装はそろそろリフォームを考える時期に来てはいるが、布団のシーツさえきちんとクリーニングされていれば問題はない。大浴場もかけ流し温泉で申し分なし。ただし、かけ流しと謳う都合上、水道水で埋めることができないのかやたら熱いのには困ったが。

むしろ問題とすべきは食事の方で、温泉ホテルのありきたりな夕朝食を避けるつもりもあってこの宿に決めたのだが、外でとった夕食はあまり芳しくないものだった。店名は伏せるが、ガイドブックを信用してはいけないという教訓となった。
宇奈月のような小さな町ではガイドブックに掲載される店舗の分母が少ない。もっと正確に言うと、全店舗数=分母、だったんである。この状態だと、『いい店だから掲載された』ではなく『載せざるを得ないから掲載した』ということになる。このカラクリに気づかなかったのは不覚なり。
ガイドブックは悪口を載せないからライターはそのように書き、殺伐とした一人旅のカモはそのガイドブックを読み、さてこそと期待してお勧め料理を注文し、そして激しく失望した挙句、東京に帰った後にブログで悪口を書くのであった。

そのような訳で、本日の朝食は日清のカップヌードル。宿の向かいにあるコンビニで口直しと夜食を兼ねて調達しておいたものの、昨夜もとっとと熟睡に入ったのでそのまま朝食用にスライドする。
事前の計画では、初日には事実上通過するだけだった欅平を再び訪れようという腹づもりで宇奈月に投宿したのだが、さて今日ここに至ってみると、もういいかげん疲れてきたので欅平再訪は次の機会とする。
宇奈月を出る前に、黒部川電気記念館に立ち寄る。ここも初日にパスした場所である。
建物自体は趣のある洋館だが、残念ながら展示物には大して目を引くものはない。日電歩道のジオラマと戸外のL形トロリーロコ位なものか。まあ無料の記念館に多くを期待した俺が悪い。

新魚津での接続が悪く、小一時間ほど街をぶらつく。富山地鉄に妙な列車が走ってると思ったら、よく見ると「鉄化面」こと西武鉄道の旧レッドアローではないか。西武時代の配色もそのままに、今はここ富山で特急「うなづき」として運用されているのであった。東京でよく知っていた車両にここで遭遇するとは。

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ほぼ満員の特急「はくたか」で糸魚川へ。今回の旅の主目的の一つたる、糸魚川フォッサマグナミュージアムに行くのだ。
コインロッカーにパックを放り込んで、タクシーで乗り付ける。途中、小学校の前に静態保存されている大小2両の蒸気機関車を発見。あとで調べると、国鉄のC12 88と、東洋活性白土の専用鉄道で使われていた協三工業製ナロー蒸気「くろひめ」との事。糸魚川機関区のターンテーブルとレンガ車庫とあわせて、ここは鉄道の町なのだと思い至る。

さて、フォッサマグナミュージアムだ。
岩石・化石・宝石の展示物のあまりの多さに瞠目。
もっとこう、マグマとかマントルとかフォッサマグナ線とか糸魚川構造線とか地殻隆起とか造山現象とか、そのようなハードでストイックな方向の展示に満ち満ちた施設だと思っていたのだが。
なんですか、このバージェス産の奇っ怪な化石は!この特別展のナウマンの観測機器は!この糸魚川産ヒスイの学術報告をめぐる先陣争いのドロドロは!
またしても予定時間をオーバーして丹念に鑑賞してしまいましたよ、ええ。
ここの学術員諸氏は大分熱心に活動しているようで、それも単にコレクションを増やすとか論文を書くとかいうだけではなく市民に開かれた、親しまれる博物館を目指しているということが伺えた。非常にすぐれた、日本でも屈指のミュージアムだと断言できるが、惜しむらくは公共交通機関の便がほとんどなく、周辺も含めて食堂がない。立地からくる敷居の高さが改善されればもっと来訪者も増えるのではないかと思うが、あまり便利になりすぎて知性と教養が欠落したようなヤカラまで押し寄せるというのも却って不幸だろうか。

この博物館一体は美山公園として整備されていて、一角に長者ヶ原遺跡と考古館があるらしい。
縄文時代の大型集落の跡で、発掘調査の後に建物が復元されている。
考古館は真新しい建物で、展示の充実もまだこれからという印象だった。
男根崇拝の出土品に注目。別に同性愛の趣味があるのではなく、宗教一般の遺物に興味があるので念の為。

遺跡発見当時には、ヒスイ製の遺物が出土したというので盗掘が横行したらしいが、現在では管理が厳重だから悪事は働けまい。とは言っても、見回せば周囲に人影はなし。足元はシャーマンが祭事を執り行った霊場で、そういえばここに遺体が埋められていたとの考古館の説明を思いだし、ふと草花の向こうに縄文人のおぼろな姿が立ち上がるような気配がし、そのまま神隠しにあって消されかねないような気がし、くだらない白日夢とは思いつつもゴーストタウンの孤独感が神経に堪えたので足早に立ち去った。

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フォッサマグナミュージアムのカウンターで眼鏡っ娘の係員に話しかけようとしたが、気先を制されて他のお姉さんに対応されてしまった。タクシーを呼んでもらうだけの用件だから眼鏡だろうとグラマー美女だろうとどちらでも構わないが、多少の敗北感。
10分ほど待つうちにタクシーが到着。帰路に静態保存の2両を検分したかったが、そろそろ遅い昼食にしたかったのでそのまま糸魚川駅に帰る。
海側に商店街を歩き、日本海を展望してから本町通りへ。別名「雁木通り」とも言われ、伝統的な耐雪アーケードの「雁木」が残っている、趣のある通りである。この位の規模の地方都市ではいわゆる「シャッター通り」化している街が多いのだが、この糸魚川はかなり街に生気がある。単にシャッターが下りてるとか開いてるとかいう事ではなく、前向きな上昇気流といったものが感じられるのだ。
構えに雰囲気のある「泉屋」という蕎麦屋があったので入る。
これは凄い。店内も、江戸時代から変わらない姿を保っている。これは味も期待できそうだ。
種物もよさそうな感じだったが、セオリーに従い「もり」を注文。出て来たそれは、丼に蕎麦が盛られており、薬味は刻みネギと七味だ。山葵は、ない。ツユは辛目。まさしく古典的なモリソバ一式が出て来たことに嬉々として蕎麦をたぐる。味も期待を裏切らなかった。
「ざる」を注文したらこれまた古典的な正統派の一式が出たに違いない。そいつは次の機会にとっとこう。
どうも糸魚川という街が気に入ったらしい。

駅に国鉄色のキハ52が停車していた。大糸線にはまだ乗ったことがない。いつか、大糸線の気動車に乗るために、またここに来るんだろう。その時もまた一人旅なのだろうか。

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(終)

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高熱隧道(7)

雄山神社と富山県立立山博物館は常願寺川北岸側だが、直線距離で最も近い本宮駅は南岸にある。
富山地鉄でアプローチするには有峰口駅近くで渡河して3キロ近く歩くか、あるいは立山駅からタクシーでも使うしかない。
タクシーに乗るにしても鉄道で距離を稼いでおこうと富山地鉄に乗車。これは結果としては判断ミスだった。

ひょっとしたら常願寺川に地図に載っていない橋でもないかと車窓を注意していたが、リポビタンDのCFに出てきそうな代物しかない。大体、遠目だから本当に橋かどうかも怪しい。
有峰口駅は1950年代から時が止まったような木造の駅で、無人駅なのは当然としても駅前にはタクシーどころか雑貨屋すらない。しまった。
かくて地図を片手に立山街道を歩くことに。ま、3キロくらいどうってことはない。登りでなければ。

エルアラメインからチュニスまで敗走するDAKのような気分で何とか歩き通し、雄山神社中宮に至る。
鬱蒼とした森に囲まれたこの神社は立山山頂の本社への参拝を目指す修験者が必ず参拝したベースキャンプで、周辺には宿坊が集まっていた。現在ではメインルートから外れたこともあって宿坊としては営業していないが、歴史的施設としてその姿を今に伝えている。

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富山県立立山博物館は立山信仰の歴史をテーマにした博物館で、想像よりも立派なものであった。ハコだけではなく中身もすばらしい。
明治時代、陸軍参謀部の測量隊が立山剣岳の「初登頂」を行った。ところが、長い間神聖視されて登頂を試みる事すらタブー視されていたその山頂に、かなり年を経た剣(金剛杵?)と錫杖頭が残されていたのである。
新田次郎が小説にも書いた、その現物がこの博物館に展示されていた。まさかここで拝めようとは。
当館はまた立山曼荼羅と媼像の収蔵でも名高い。眼福。

またも丹念に閲覧して廻ったので時間が苦しくなったが、オーソドックスな博物館施設たる「展示館」から閻魔堂と布橋を経て遥望館へ。
閻魔堂にはその名の通り、今まさに目を見開いて罪業の棚卸しをしてくれんとする閻魔像が奉られている。薄暗い堂内にいずれも巨大な本尊が3体と、脇に媼像がずらり控えている。夜中にいきなり連れ込まれたら恐怖で失禁するに違いない。
遥望館はどのような施設かと思ったら超大型パノラマビジョンシアターであった。つまんない映像だったら即効出て行くつもりだつたが、案外楽しめた。
二本立て(死語)で、最初の作品ではマゲを結った立山巡礼の何某が登山途中で悪天候に見舞われる。
天の怒りに恐れおののきつつ必死に祈るも哀れ滑落、パンパカ。と思いきや謎の媼に救われ、無気味な媼の手引きで時空を超えた地獄巡りに連れ出される。
最後はブレードランナー風サイパーパンク人類滅亡アンチユートピア世界に至って媼も絶叫と共に消えうせ、火の鳥未来編よろしく絶望的孤独感の中にかつての妻の姿を見いだすのであった。

第二部は立山・黒部の四季がテーマ。日本野鳥の会の特別会員として(これは本当)美しい自然を鑑賞するのにやぶさかではないが、DVDで売っていそうな新味のない映像をのんべんだらりと観ているのはいかにも時間が惜しい。思い切りよく退出する。

帰路の道のりと富山電鉄の過疎ダイヤを思うと気ぜわしくなるが、まあその時はその時と、次の施設「まんだら遊苑」へ。立山曼荼羅の世界観である「五界」をテーマにした、五感に働きかける公園というか体験施設である。と、もっともらしい説明がついているが、どちらかというと前衛ゲイジュツの晒し場と言った方が近い。失笑物のおゲイジュツも混じってはいるが、今までにはないタイプの観光施設である事は間違いないだろう。スピリチュアルな趣味志向に興味のある人ならツボにはまるかもしれない。

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さて。延々歩いて、なんとか有峰口駅まで戻る。今度こそタクシーに乗り込んでやろうと待ち構えていたが、流しなんぞ全然来ない。復路は下りだから楽かというとちっともそんなことはなく、行き倒れるかと思った。
とにかく富山電鉄に乗ってしまえば後顧の憂いももはやない。宇奈月温泉まで、先頭車両の俗に言うかぶり付き席に陣取る。ワンマン化のために運転席直後方のシートが取り払われており、最前方のクロスシートからの視界を妨げる存在がない。たまに人が立っても降車のためですぐ消える、上々の席だった。鉄分丸出し。

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高熱隧道(6)

0730時起床。朝食後チェックアウトし、まずは立山駅のコインロッカーにパックを放り込んでからバスで称名の滝へ。
日本一の落水高度を誇る滝で、雪解けの季節には右脇にハンノキ滝も現れるという。まさしく今がその時だ。
他に乗客のいない貸し切り状態で「悪城の壁」の奇観を眺めつつ終点まで。そこから人の少ない遊歩道を登る。舗装されているがかなりの勾配。がんばれ俺様。

残雪のかなりの残る中に途切れることなく南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏と唱して落下する称名滝とハンノキ滝。荘厳な姿に畏敬の念を抱く。滝見台に到着した頃には大分ヘバっていたが、苦労して来るだけの価値があるところであった。

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またしても貸し切りで駅に戻り、次は立山カルデラ砂防博物館へ。
酒井製モーターカーがトロッコを牽く多段スィッチバックで有名な砂防軽便鉄道の基地を兼ねた、たいへんたいへんカネのかかった立派な施設だ。この施設と砂防鉄道のボスは旧建設省であること、砂防ダム事業はとかく批判の多いということを考え合わせるとある結論に至るが、まあ言わないでおこう。

館内に酒井製モーターカーの実物が展示されている。
来館者が他に全然いないのをいいことに嬉々として乗り込む。鉄分丸出し。
砂防軽便鉄道のビデオ体験コーナーで嬉々として見入る。鉄分ますます丸出し。
しかし、全体にカネがかかった贅沢な作りではあるが、博物館としては中途半端な印象がした。砂防の意義を啓蒙するという目的と、最近はやりの「体験型ミュージアム」という方法論とが前面に出過ぎており、有り体に言えば知性と教養への刺激を求める大人には物足りないのだ。
酒井に乗り込んで写真を撮りまくった私が言っても説得力ないですか。そうですか。

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博物館の裏手、戸外に軽便鉄道の練習線がある。低いながらもきちんとしたプラットホームがあり、おそらく業務上の研修や教育の他に乗車体験会などのイベント列車での乗降車場でもあるのだろう。
簡単な屋根の下に酒井と、どこぞの遊園地で走っていた遊覧鉄道のファンタジィな編成が収まっている。
両方とも同じゲージで、遊覧機関車のSL風飾りつけを剥ぎ取るとほぼ同格の車体が現れそうだ。こうして並んでいると砂防鉄道がいかに軽便かよくわかる。

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何だかんだ言いつつも悠々と時間をかけて見学し、立山駅構内の食堂でかき揚げソバの早い昼食。結構な値段の割にはいかがなものかという出来だが、かき揚げが白エビなので、まあ良し。
富山地方鉄道で雄山神社と富山県立立山博物館へ向かう。本日の苦行の始まり。

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高熱隧道(5)

室堂は一面雪景色だったが、快晴なので気温は高め。悪天候に備えてフリースセーターとゴアテックスパーカーを持参していたもののフリースは論外。そのうちパーカーも脱いでパックにしまい、シャツも腕をまくる。
16時ごろまで雪原を彷徨。気温の上昇でいわゆる「雪が腐る」状態になっており、歩きにくい上に疲れる。あまつさえ近場の地獄目指して滑落するところだった。山はよォ、魔物だでょォ。

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そろそろ日も傾き出したので、バスターミナルに戻って立山駅への行程を辿る。この時間になると団体ツアー客もあらかた通りすぎた後なので閑散とした空気が漂っていた。
「雪の大谷」は大分嵩が縮んだとはいえ、この時期に未だ威容をもってそそり立っている。美女平でケーブルカーに乗り換え、立山駅前の千寿荘に投宿。改築したばかりで畳も青々としており、夕食も地場物を中心に豊富な品数と質。かなり質の高い宿だった。
殺人的な時刻に起床した上にさんざん歩いたり登ったり降ったりした一日だったのでとっとと寝る。

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高熱隧道(4)

自分的には、高熱隧道を通過するとあとはつけ足しに過ぎない。
が、米米クラブのコンサートでの真髄はボーナスステージにあり。黒部第三発電所から黒部第四発電所に至り、第四発電所の見学、同所内の管制室、超高速で回転するタービン軸、大型インクライン、関電専用トロリーバス、そして黒部第四ダムと、つけ足しどころではない。
黒部の地下にあることを完全に忘れてしまう黒部第四発電所では、007のスペクター幹部会議室のようなプレゼンルームで黒四ダム建設のビデオを鑑賞し、500ミリリットルペットボトル入「黒部の氷旬水」を貰う。製造販売業者は関電グループの土地住居関連企業だった。多角経営だのう。

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インクラインはエレベーターとケーブルカーの中間的なもので、青函トンネル見学に続いて2度目の体験。青函トンネルのそれよりも大型だ。総じて青函トンネルのほうがコンパクトかつスマートで、同時に無機質さ・異世界感が強いという印象を持った。それは見学者や現業員の多寡、年代の新旧による技術的な違いから来る物なのだろう。好みから言うと青函トンネルのほうが好きだが、実はこの手の施設で一番面白かったのは夕張の炭坑だったりする。ついでに言うと、現代のオートメーション化された大型掘削機械を間近に見ることができる釧路の太平洋コールマインの見学施設もなかなか良かった。普通の観光客が釧路くんだりまで来てわざわざ行くような所ではないが。

トロリーバスの黒部ダム駅で解散。ダム上に出るため延々階段を上る。疲れた。

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まだ観光放流は行われていないが、そのかわり湖面を流木が広く覆っている。雪崩れや雪解けと共に落下して着水したものだろう。まだ残る残雪と共に黒部の厳しい冬を物語るが、この程度は序の口だったりする。ケーブルカーとロープウェー・トロリーバスを乗継いで室堂まで行くとそこは一面雪原で、クロカンボーダーやクロカンスキーヤーが闊歩する冬の世界なのであった。

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高熱隧道(3)

欅平駅2階の食堂に集合。集まっている参加者は約30名程度。中高年の夫婦が多く、それにマニア系のモノズキがチョロチョロという所。但し妙齢の婦人はまったくいない。
関電の案内担当の方による自己紹介と簡単な説明の後、ヘルメットを受け取って黒部渓谷鉄道のホームへ。一般の旅客は欅平までしか乗車できないが、電力関連の業務用線路はさらに奥まで続いている。と言っても距離にして500メートルだが。
戸外の展望台で景観見学の後、縦坑の大型エレベータで200メートル上昇。あまりの峻険な地形で鉄道軌道を通す事を諦め、車両を搭載できるエレベータで標高を稼ぐという奇策が採られた箇所である。
「欅平上部」駅からはバッテリートロッコ。阿曽原~千人谷間の「高熱隧道」を含み、大半が素掘りのまさに坑道軌道そのままのトンネルだ。吉村昭の小説「高熱隧道」を読んで以来、この隧道を辿るのが夢だったのだ。

掘削当時の最高岩盤温度摂氏160度、現在の隧道内平均温度40度の魔境を通過するため、耐熱型の密封車体となっている。窓の結露が激しいため手動のワイパーがついているが、ろくな照明もない隧道なので車外の様子がよく見えない。固定窓だから車外の空気も感じられず、こと志と違った結果になるかと恐れたが、その高熱地帯に差しかかると関電の引率の方がドアを開いてライトも照らしてくれた。狭い車両だが、皆の公平を期して「そちらの方もどうぞ」と順繰りにドア脇まで招かれる。

ライトに照らされた、すぐ近くに岩盤がある。白と黄色の硫黄の塊が厚く広くこびりつき、熱気と硫黄臭をはらんだ霧が漂っている。それは、今も人間が立ち入る事を拒否している何者かのような存在感を持っていた。
ああ、ここなのか。
ここで降りて岩盤に触れ、自分の足で辿り、阿曽原と千人谷をついに繋いだ最後の発破の跡を確かめたい。
もちろん、一介の見学者には許されぬ我侭である。ここは、大勢の労務者の屍をもって抜かれ、今も現場の技術者によって多大な苦労をもって維持されているシリアスな聖地なのだ。

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高熱隧道(2)

魚津駅0513時着。やや寝不足。そもそもこの時間に降りるというスケジュール自体に無理があるとも言えるが、指定時刻に欅平に出頭するためにはやむを得ぬ。
それよりも、もう客車列車が数えるほどしか残っていないから運転士は客車列車の曳き方を忘れたんじゃないのかと邪推するほどに運転が荒い。加減速のたびに自動連結器のアソビがガッチャンガッチャンくる。昔の10系3段B寝台の方が熟睡できたような気がする。

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富山電鉄に乗り換え、宇奈月温泉へ。黒部渓谷鉄道の宇奈月駅は多少離れた場所にある。
最近改築された小奇麗な駅舎だが、改札口には電力関連の作業員がヘルメットと作業服で寄り集まっている。旅客ダイヤの他に業務用の定期列車が設定されており、ちょうど出勤時間に当たるらしい。
さて朝食、と思ったが、スタンドコーナーの立ち食い蕎麦しか開いていない。朝の7時前ならこんなもんだと想定内のつもりで黒く太い田舎蕎麦を食す。しかし、7時になると土産屋が店開きし、続いて7時半には駅内レストランが開店した。おのれ。

黒部渓谷鉄道に乗るにあたり、心に引っかかっていることがあった。
関電見学会の参加者のうち、希望者については見学会事務局の方で黒部渓谷鉄道の予約を代行してくれる。それによって届いた予約確認書兼支払い用紙によると、普通車ではなく特別車両が予約されていた。オープンボディの人車ではなく、窓つきで快適な車両である。これが気に入らない。
何も何百円かの特別料金が惜しいのではなく、折角「トロッコ列車」に乗るなら炭坑の人車そのままの単純素朴な車両を楽しみたいではないか。

しかし、実際に特別車両に乗り込んでみると、見学会事務局の厚意を感謝した。すぐ前に連結されている普通車はいかにも頼りなく寒々としており、実際に天候次第では風雪が容赦なく叩きつけられて凍える思いをするらしい。一方、特別車両は名前こそ特別だが実態は質実剛健と言って差し支えなく、窓もフルオープンにでき、軟弱な三次産業従事者の都会モンにはこの程度でも充分以上に野趣を楽しめてしまえるのであった。

添乗員つきの団体ツアー客は普通車に、関電見学組は識別バッヂをつけて特別車へ。
ホームには記念写真売りのカメラウーマン(男装一人称ボク型色白微乳A級眼鏡っ娘、推定スペック含む)や茶菓子売りも出て来て観光鉄道ムード。発車し出すと駅員以下、深々とお辞儀する。ますます観光鉄道風だが、軌道と景観の方はシリアスでハードだ。一時間強の渓谷鉄道を楽しみつつ欅平に到着。団体客は猫股で下車した。

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