Archive for 9月, 2004

リリアン・フォトプレス

昨日発売のアームズ・マガジン11月号中、アホカリプス2004のレポート記事の写真に載ってしまいませり。しかも目立つ台割位置。
我ながら変な顔なのはまあ置いといて、キャプションの「T.タケシマ」には参ったというか、してやったりというか。いやはや。

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戦争報道の内幕

最近読んだ本。
毛沢東の朝鮮戦争(朱建栄、岩波現代文庫 1,300円+税)
戦争報道の内幕(フィリップ・ナイトリー、中公文庫 1,286円+税)

「毛沢東の朝鮮戦争」の副題は「中国が鴨緑江を渡るまで」。
朝鮮戦争の際の中国、というか中国共産党政府が朝鮮戦争に介入した状況について、最新の史料を元に解明する力作。
従前、竹のベールの向こう側から発信される「歴史」は共産党バンザイ毛沢東バンザイ北朝鮮バンザイの色に染まりきっていたが、近年になってやっとまっとうな歴史研究が可能な環境になってきた模様。
国共内戦が未だ終わりきっていない状況で朝鮮戦争に介入するべきか否やという難問は毛沢東をかなり悩ませたらしい。当時の人民解放軍がどのような剣が峰に立たされていたかには、ちょっと驚く位であった。

「戦争報道の内幕」は、クリミア戦争からベトナム戦争までの戦争ジャーナリズムの歴史を俯瞰する名著。
電信の無い時代に新聞社の特派員はいかにして他社を出し抜いてスクープをものにしたか、というようなエピソードを読むだけでも楽しいが、戦争報道が伝えた事・伝えなかった事とその影響を告発しているのが名著たる由縁。
例えば、WW1末期のロシア革命から内戦に至る経緯で列強諸国はロシアに出兵した上に悲惨な撤退を余儀なくされたが、その事実は報道特派員が現地にいたにもかかわらずほとんどジャーナリズムに乗ることはなかった。もちろんロシア人はこのことを忘れることはなく、後に訪米したフルシチョフが演説で触れた位であったが、その頃の米国人の大半は何のことを喋っているのやら判らなかったという。(私も日本のシベリア出兵までは知識として知っていたが、北海経由で白ロシアに欧米諸国が出兵していたとはこの本で初めて知って驚愕したのであるが)。
後の冷戦時代になぜソビエトがあれほどかたくななまでに西側諸国に対して不信と敵意を抱きつづけたのか、その理由の一端が判る貴重な話である。

   ◇

浜松町の都産貿へ。萌え同人誌の即売会、ではなくミニマットことVショーである。軍服やベトナムメイドのリプロパッチや顰蹙を買い占めてくれんという意気込みで、顰蹙のタネとして先日のアホカリプス2004でバカみたいに撮りまくった写真を持参した。
写真の方はピンが合いすぎる、スモークが流れていない、奇麗に撮れすぎだ、戦場写真らしくない、と首尾よく顰蹙を買う。
軍服はフレンチリザドとM59リーフのパンツ、同じくリザドのキャップのそれぞれ奇麗な品を購入。パッチは2点を入手。いつになく散在したが、ハッピーな一日だった。持つべきは友。

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月明かりの闇

今日読んだ本。
月明かりの闇(ジョン・ディクスン・カー、ハヤカワ文庫 900円+税)

サブタイトルは「フェル博士最後の事件」。別に断崖絶壁から宿敵と心中したりする訳ではなく、訪米中のギディオン・フェル博士は最後まで健在。
作中の設定が1965年・出版が1967年という時代背景からか登場人物がホー・チ・ミンを罵る表現があったが、フェル博士とベトナム戦争とが同一の時間軸に存在しているという事に違和感を感じた。長命の探偵なのだから当たり前なのかもしれないが、個人的にはやはり戦前の物語のイメージが強い。

この3連休は8月以前にさかのぼって、というか沖縄旅行の最終日までさかのぼっていろいろ書こうと思っていたが、気分が乗らず止め。
『とっとと辞表叩きつけてやりたいが、両親という枷のため、次の職が決まるまでは面従腹背』という状況が気分に対してマイナスに働いているのだろう。

気晴らしに土曜日に田舎家に行ってみたが、服用中の薬とアルコールの飲みあわせが最悪なことを証明しただけだった。土・日は薬を抜いているのだが、体内に残留している成分が抜けきるにはしばらくかかるらしい。
かなり危ない感じになってきたので中途で帰る。滅多にない事だ。
いや、薬のせいではなく、単に酒に弱くなっただけか?

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ズニ族の謎

今日読んだ本。
ズニ族の謎(ナンシー・Y・デーヴィス、ちくま学芸文庫 1500円+税)

ニューメキシコ州のアメリカインディアンの一部族、ズニ族のルーツを考察する好著。
ズニ族はプエブロ諸族に属する部族だが、その周辺のホピ族らと比べて言語や身体的特徴・文化が際立って特異なため「謎の部族」とされていた。この謎に対し「室町時代に渡来した日本人のグループがズニ族に影響を与えた」という大胆な仮説を提示したのがこの本である。
著者はれっきとした人類学者。考察の土台となっているのは信頼できる機関による統計・学術論文などであり、グラハム・ハンコックあたりに漂う胡散臭さは感じられない。
尤も、日本語とズニ語の比較検討には穴があり、訳者解説によると著者の了解を得て訂正・削除した部分も多いらしい。とはいえ本筋においては致命的な誤りではなく、むしろ訳者の指摘を受け入れる度量に真面目な研究者としての誠意が伺えて好感が持てた。
現在は仮説にとどまっているものの中々知的好奇心を刺激する一冊であった。今後DNAやオーパーツたる出土品の陶器片などの解析による比較が実現されることを期待したい。

本筋とはやや外れたところで興味深かったのが、アメリカ大陸で発見される古代中国の古銭の存在。和同開珎などの銅銭の話。
これらの古銭は大航海時代以降にイスパニア人がもたらしたというのが通説だが、詳細に検討すると年代的に説明できない時代のものもある。ゆえに、それらの古銭はイスパニア人との接触以前に太平洋を越えて来たのではないか?という問題提起につながっていく訳だ。
書中ではこの銅銭の利用例としてトリンギット族の鎧の写真が紹介されているが、なんとカリブー革のベストに800~1,000個の銅銭を縫い付けた見事な魚鱗型鎧なのであった。貨幣経済という概念がない文化ならではの発想というべきか。鎧の他にもシャーマンの仮面や頭飾り等の飾りとして普通に使われていたらしい。
現代のインディアンジュエリーの世界ではドル銀貨をベースにした彫金がポピュラーだが、そういう話であれば和同開珎をコイン屋から調達してきてKing氏に何か作ってもらおうか・・・とか、そんな方向に思いを致してみたりする。
そのような加工に使えるほどの美品なら結構なお値段を覚悟せねばならないし、まっとうなコインコレクターにはタリバン以下の文化資産破壊の徒と罵られるであろうが。

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復活の日

最近の出版界は70′sのリバイバルブームなのか、ちょいと古めな流行作家の旧作復刊が続いている。田中小実昌、吉行淳之介、山口瞳、森村誠一、小松左京、等々。
それはいいとして、山本七平の「ユダヤ人と日本人」まで何食わぬ顔で復刊しているのはいかがなものか。いや、所謂トンデモ本の一冊として『ノストラダムスの大予言シリーズ』だの『わが闘争』だのと同じくくりであるのならば後代に伝える価値もあろう。しかし、帯のアオリを読む限りでは、どうやら先見の明ある山本七平センセイによる「大真面目な比較文化人類学的評論書の古典」として捉えているようなのである。
「ユダヤ人と日本人」の欺瞞と誤謬、思想的誘導とその危うさについては朝日文庫の「にせユダヤ人と日本人」がとっくに看破しており、そのことは広く流布しているものと思っていたが。

ともあれ、復活の日である。
7月後半から毎週のようにイベントが連発で、9月になって落ち着いたぞヤレヤレと思ったとたんにPCがクラッシュした。
もっと正確に言うと、シャーマンに90ミリ速射砲を積んでみたらちゃんと動く。ところが、いざ会敵という段で射角に制限がある事が判明した上に一発撃ったら衝撃で砲塔が分解しやがった。まあそんな感じか。
とにかく、なくては困る生活必需品なので早々に復旧を図り、もののついでにUPDATEしてみた。
最初はT-55にイスラエル製強化パーツを組む程度に計画していたのがいつの間にか90式MBTに化けており、性能は実に申し分ないのだがそれに比例して預金残高もメリメリ減った。あまりの減り具合にはヤレ情けなやと涙のひとつも落ちようというものだが、まあ仕方ないか。

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