Archive for 5月, 2003

MySQL(1)

MOVABLE TYPEのウリの一つがデータベースとの強力な連携である。

ということを再発見したついでにデータベース機能の使い方を思いつく。
もっと正確にいえば、データベースと連携しないMOVABLE TYPEでは単なる日記CGIと変わらないのであって、データベース化してこそ真価を発揮するというものらしい。ならば、乗りかかった船だ。
幸いな事に、現在契約しているレンタルサーバーではMySQLのサービスをデフォルトで提供しているので、セッティングに必要な要件について問い合わせた。
回答によると特に問題はなさそうなので、今度の週末はMySQLのセッティングだ。うむ。
・・・手段が目的と化している度合いがますます深化したような気がするが、まあ、これもまた趣味の一環か。

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Brown Water Navyの内訳

ベトナム戦争でのBrown Water Navyは、大別して3つのカテゴリーに分けられる。
厳密には時期によって任務内容や名称が多少異なるのだが、おおむね

・TF115(Coastal Surveillance Force)・・・南ベトナム沿岸の哨戒・臨検を担当。
・TF116(River Patrol Force)・・・メコン・デルタなどメコン河水系の哨戒・臨検を担当。
・TF117(Mobile Riverine Force)・・・米陸軍第9歩兵師団との合同編成。メコン・デルタとメコン河水系での河岸上陸などの攻撃的任務を担当。

が主なところであろう。
「TF」はTask Forceの略。その時その時の作戦上の必要によって編成される部隊単位で「機動部隊」あるいは「任務部隊」と訳される。余談だが、日本で翻訳される文献に出てくるTask Forceといえば大概がwwII やなにかの空母艦隊で「機動部隊」と訳される事が多く、そのために機動部隊というと空母や戦艦が主力のたいへん雄々しいイメージが強い。河川哨戒艇やら LST改造砲艦やらが集まったBrown Water Navyが「機動部隊」だといわれると違和感を感じるのだが、どちらもTask Forceに違いはないのである。「任務部隊」とした方がそれらしいが、訳語としてあまり目に触れない語句なのでこれもまた違和感がある。

さて、TF115・116・117とも1965~1970年にかけて活動したタスクフォースだが、任務内容によって所属の艦種が異なる。
TF115は北ベトナムから海路南ベトナムに侵入する不審船舶を探知し、臨検する作戦「Operation Market Time」を行った。こうした任務のノウハウを持つCoast Guardから来た人員と船舶が多くを占めていたが、82-feet cutter(コーストガードで多用された全長82フィートの哨戒艦)では遠浅の海岸での運用が制限されるためにPCFが活躍した。
PCFは別名Swift Bortとも呼ばれる排水量19トン、最高速度28ノットの小型艇で、原形は北海油田のオイルリグで連絡艇として利用されていた。Brown Water Navyを代表する小艦艇として、TF116のPBRとならび有名なフネである。Operation Market Timeの終了後、手が空いたPCFの一部はTF116に再配置された。

TF116はTF115と同様に、メコン川水系での不審船舶の発見と臨検が主な任務だった。作戦名は「Operation Game Warden」。「地獄の黙示録」でウィラード大尉の制止を振り切ってサンパンを臨検していたアレである。
喫水が浅く30ノットの快速で小回りがきく河川哨戒艇、PBRがTF116の主力だった。

TF117は、本来は海兵隊が担う水陸両用作戦を行うために立ち上げられた陸海合同部隊である。海兵隊は南ベトナム北部のDMZに出払っており、南部のメコン川水系に割ける余力がなかったのである。
TF117と米陸軍第9師団はMobile Riverine Force(MRF)を編成し、河岸への上陸作戦を行った。もちろん平穏無事な無血上陸ばかりという訳にはいかないので、LSTを改造した砲艦(Monitor)や火炎放射艇(Zippo)、突撃艇(ASPB)など、様々な艦種の混成で艦隊を組んで火力を発揮しつつ強襲上陸をしたのである。Brown Water Navyの中では最もフネの個性に富んでいる。

これら3つのタスクフォースは戦争の推移の中で任務譲渡・再編成が行われ、Task Force Cleawaterによるベトナム南部沿岸の作戦とTF194による「Sea Lords」作戦を経て、 南ベトナム海軍に後を託してベトナムから撤退していった。

その他、MACV所属の海軍軍事顧問として南ベトナム海軍に派遣されたNaval Adviserの存在も忘れてはならないだろう。沿岸の哨戒網の穴を埋めるためにジャンク(中国沿海部から東南アジアの一帯で一般的な伝統的構造の帆船。船外エンジンを搭載した機帆船もある)で編成されたJunk Forceなど、Brown Water Navyの一派としてなかなか興味深い存在である。

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恐るべきさぬきうどん

最近買った本。

恐るべきさぬきうどん 麺地巡礼の巻(麺通団、新潮文庫 629円)
桂米朝コレクション6 事件発生(桂米朝、ちくま文庫 880円)
戦車戦入門 世界編(木俣滋郎、光文社NF文庫 743円)

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河川海軍

Brown Water Navyは一般に「河川海軍」と訳される。
現在のミリタリー界で”Brown Water Navy”というと、「ベトナム戦争に派遣された米海軍のうち、河川で活動した小艦艇の一群」を特に指すとされている。映画「地獄の黙示録」に登場した河川哨戒艇PBR、コールサイン「ストリート・ギャング」がその代表的なイメージだろう。
戦艦や空母など、派手でスマートなイメージの外洋海軍のキャッチフレーズ”Blue Water Navy”に対し、泥臭く地味な役回りを自嘲したニュアンスをこめて”Brown Water Navy”と呼んだというのが通説だが、ベトナム戦争で生まれた言い回しという訳ではなく、もっと遡ったころから「外洋海軍」「河川海軍」を意味する慣用句として成立していたらしい。
「Blue Water」「Brown Water」ともNavyを修飾する語句として同等の力関係にある。ここから、古来から大河が重要な交通線であり、国境であり、しばしば紛争の舞台となったヨーロッパ・ユーラシアでは海も河も同等に重要な水の上でのいくさであると認識されていた事がうかがえる。

一方、日本語での「河川海軍」という言葉は「河川の・海軍」ということで、意味論的には海が主・河川が従という関係となる。矛盾した言葉のように感じるが、これは幕末に洋式軍学を輸入した際にNavyに対応する訳語として「海軍」をあてた事に由来するのではないかと思われる。それ以前の和式軍学では「水軍」と呼称していたが、河も海も包括することを意識して「水軍」としたのではなく、河川でのいくさはほとんど念頭に置かれなかった。
戦国時代の日本でも河川は国境でありしばしば重要な合戦の舞台となったが、船舶を大規模に運用することはなかったために河川での舟いくさについてはそれほど省みられなかったのである。

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サイト雑感

今まで運営していたサイト、「仮装巡洋艦極光丸」はどうするか。
BLOGを始めたこととは直接な因果関係はないが、これも良い区切りかと思って一旦閉じることにした。

サイトを閉じることにした理由は、抽象的に言えば「元々のサイト構想と現実との乖離が苦痛になった」いうことになるが、要はテメエで広げた風呂敷が重くなりだしただけの事。風呂敷だけならまだしも、それに包まれている中身も発酵して何やらブクブク泡が立っているような気配でもある。
そんな折、懇意にしていたサイトが更新を停止することになった。急な話で驚いたのだが、『ああ、風呂敷は捨てる事もできるんだな・・・』と唐突に気づかされた。かくて古い風呂敷をそっくりポイポイすることにした次第。

もちろん、ただ単にサイトを畳むだけならわざわざBLOGを始めてみたりはしない。一旦キレイサッパリとリセットして、また新しく何かを始めるつもりである。

ところで、MOVANLETYPEをテストしていて気づいたのだが、IEはPng画像に対応していないらしい。IE6.0sp1で見ると、もじら組へのリンクボタンがドロップされてしまう。リンクボタンをPngからgifなりjpegなりに落せば解決するのだが、リンク先のサイトがバナーリンク用として用意している物であるのでその意志を尊重してPngのままにしておくのが筋なのであろうか。

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BLOG始めました。

BLOG始めました。
フリーウェアの日記CGIで済むようなところをわざわざBLOGにして、しかもMOVABLETYPE。手段が目的になっている典型ではある。

とりあえず、MOVABLETYPEのオフィシャルサイトからファイル一式をダウンロード。これをサーバーにインストールするのが第一関門。
Atsushi Sano氏による日本語訳マニュアルを参考にトライ。
基本的には各々のサーバー・サイト構成に従ってファイルパスを書き換えれば良く、日記や掲示板のフリーCGIを設置した事があれば特に問題は起こらないだろう。

さて、インストールは出来たが、このままでは公開できない。日本語エンコードに対応するように設定せねばならないが、ひらた だいじ氏のサイトからEUC-JPとUTF-8のそれぞれに対応したキットを入手してインストール。私はUTF-8で設定した。
とにかくJapanese Language Packを入れないと、何を書いても日本語の文章として出力してくれないのでこのカスタマイズ作業は必須だが、この作業も特に問題はない。要は README.jaの手順通りにすればよいのだが、ある程度のお約束を知らないとちょっとまごつくかもしれない。例えば、「2. mt.cfg の NoHTMLEntities 1 のコメントを外す」だが、『コメントの外し方』とは該当部分の#を取って行頭に来るようにする、という意味である。

めでたくJapanese Language Packを導入できると、それまで毛唐の横文字ばかりだったmt.cgiのコンソール画面が日本語で表示されるようになる。EntryもUTF-8で出力される・・・と思いきや、文字化けする。なぜ?どうして???

原因は、Style-cssでUTF-8を指定していないからなのであった。デフォルトのStyle-cssは英語圏のISO-8859-1用なので、使用フォントや行間などを日本語用に調整せねばならない。ここで難易度がぐんと高くなる。ひらた氏やsnotch氏がStyle-cssの日本語対応用サンプルを公開しておられるので大いに助かる。ありがたや。

ここまででMOVABLETYPEで日本語BLOGを行うには必要充分な環境となった。
しかし、デザインがMOVABLETYPEのデフォルトのままなので見栄えがよろしくない。デザインはindex.htmlとStyle-cssの書き換えで行う。また一段とハードルが高くなった。
MOVABLETYPEのオフィシャルサイトに置いてあるStyle-cssのテンプレートから気に入ったのを選ぶこともできるが所詮は汎用テンプレである。いささか自尊心のある者ならば、そのまま利用するのは自ら創意工夫を放棄する屈辱と見なすであろう。ましてや創造を趣味・生業とする者においておや。

手段が目的となる度合を深めたところで、とりあえず今日の作業はここまで。
見た目のデザインだけではなく、BLOGの使い方自体も考えねば。

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